1980年6月、星野一義とモトクロス時代のチームメイトで義弟(星野の妹の夫)でもある金子豊(故人 2015.5.3逝去)と共に設立。設立の目的は、星野がレースで必要とするパーツの開発・製造を行うと同時に、それらを一般に販売することでレース活動の資金を得ることであった。
主に日産車向けのエアロパーツやチューニングパーツの開発・販売を行っているほか、日産ディーラーを通じチューニング済みのコンプリートカー(完成車)の販売も行っており、星野と共に「IMPUL」ブランドの知名度向上にも貢献している。
また、星野が総監督を務めるレーシングチームで関連会社である有限会社ホシノレーシングの運営母体でもある(詳細は下記「ホシノレーシング」の節を参照)。
(Wikipediaを参照)